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キクチミョンサ的

「なれのはて」ということばがよく似合う、ちいさなぼくのプライドだよ

爆ぜる

雑記

われらが北海道日本ハムファイターズが優勝した。

これはひとえに先日のゴッドファーザー会議(友人のやがて生まれくる第二子の命名をめぐって夫妻および第一子とうちで鍋をした伝説2016である)の際、「香薫」を買おうとした彼に「シャウエッセンにしな」と生来のファン根性が滲み出ためんどくさい先輩の勝利。んなわけない。

素直にすばらしいシーズンでした。栗山監督、コーチ・スタッフ・関係者のみなさん、選手のみなさん、ありがとうございます。そしておめでとうございます。今夜は勝さんどうでしょうクラシックをこころして見守りたいとおもっております。金曜だけど。

 

ところがどっこい、である。

かんじんの優勝を決めた29日夜は、ぼくはどっぷりと死んでいた。半死人どころではなく、89/100死人くらいであった。おい、キクチよ、てきとうなことを言うな。

なぜならばその朝はまたも酒敵・村島とおだをあげていたのであった。ここから先はあまりにも尾籠なので書くのを控えるが、翌日(というか夕方)目覚めると部屋中が見たことのないような荒れようを呈していた。想像してごらん。戦争のない世界も、いかに平和であらざるかを。

 

それでも日ハムの試合はチェックせねばならぬ。

こればかりは24年目のファンとして、いかに血を吐き血をひり出したとしても、万一怠ったならば末代までの恥である。青息吐息で一球速報を見る。

かくてその瞬間は訪れた。はっきり言ってぼくの部屋は下呂ばかりであったが、その掃除をする気にもならず、無表情で焼酎をあおった。案の定、3分後にトイレの神さまと化した。しかし、心中はぴょんぴょんしていたんじゃ。

 

ブランドン、1年半前にきみのことを「おもしろ外国人」くらいにしかおもっていなくってごめん。もはやウィンタース、ウィルソン、ミラバルエチェバリアセギノール、スウィーニー、ケッペルなどとならぶ、個人的に忘れられない助っ人だ。

ぼくはBクラス常連だった東京時代からのファンなので(上田監督時代の10ゲーム差逆転負けのおかげで新宗教を忌み嫌うようになった、とかはある。…まあ、それは統一教会でしたが、近年、創価系の学校出身者がチームに多いのや「言葉を大事にする」というスタンスは見なかったことにしています)、もはや成績がどうこうとかではなく、「日本ハムファイターズ」であるかぎり応援するつもりなのだけれど、それにしても、今年はしびれた。栗山監督の顔が父親とそっくりなのもある(年齢も近い)。しゃくだからこのことは言いたくなかったけれど、栗さんの喋り方や声も父親とかぶって見えるのだ。骨格が似ているなら当たり前だけれど。なんとなく、ぼくは選手の気分で、父親の姿を監督にみていた。そんな5年間だった。

 

身体は限界なのに、酒とトイレを行きつ戻りつしながら、ぼくは試合のダイジェストや祝勝会の動画を繰り返しずっと見ていた。

どう考えても飲めるような体調ではなかったのに、午前8時までかかって、ネットにアップされていたおおよそすべての映像を観終わった。

当然ながらそのあと半日以上、いっそ殺してくれ、というような状態でころがっていた。これは二日酔いなどとはちがうんだ。十二指腸も食道も腎臓も肝臓もぜんぶ悪いんだから、あんな二日酔いのしんどさみたいなやわいものとは別次元だ。

 

それでもわれらが、いや、ぼくのファイターズが優勝した。

「シンジテマシター!」から幾星霜を経て、もはやこのチームにぼくより年上の選手はほとんどいない。レギュラークラスでいえば野手は賢介さんだけ。むしろ野手全体で飯山、矢野、米野各選手をあわせて4人のみ。投手もおなじくメンディ、石井さん、久さん、勝さんの4人だった(生え抜きがちょうど半分)。

というか、ぼく(今年32歳)だって、年齢でいえば野球においてベテランの域ではないんだけどな。

 

日本一をいちばん熱望しているのは、あいかわらず天国の大社オーナーだとおもう。うまい酒を飲んでいただきたいし、10年ぶりの日本一奪回を、いまこそドラマを。ドラマのつづきを。ぼくは「日本ハムファイターズ」ファンです。どうあれ一生、死ぬまでファイターズのよきファンでありたい。