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キクチミョンサ的

「なれのはて」ということばがよく似合う、ちいさなぼくのプライドだよ

ドランク・ドランク・ドランク

雑記

いやあ、びっくりした。

 

なにがびっくりしたって、おととい「明日は病院に行く」と書きながら、まだ行っていない。なにが悪いって、当該エントリを書いたあと、というか、その日(10月4日)はそもそも午前0時からのんでいたのだった。夕方近くなってむしょうに人恋しくなり、いえ、嘘をつきました、あれはせいぜい15時だ。むかし働いていたライブハウスにあそびにいった。当然そんな時間にライブをやっているはずがない、というか、スケジュールを確認してスタジオ営業だけと知っていたのだ。この店は楽屋でビールを売っている。たいそうおいしくハートランドをいただきました。

すると奇跡が起こる。なんと、おなじような目論見でやってきた大先輩バンドマンの登場という予想外の展開。まさに奇貨、置くべし。アメリカ帰りの先輩は、ぼくがそれこそ中学生のころからのヒーローであり、それがどうしてだか同業となり、10年ほどもとことんお世話になった。ぼくが大阪でライブの日、昼間に鴨川でのんでいるとツイートしたらふらっとあらわれ、珉珉でビールと餃子の宴。当然、阪急電車を降りるころには泥酔である。また別の日には鴨川にカセットコンロと鍋を持ち込んで先輩秘伝のモツ鍋パーティ。このときは若いバンドマンを呼びまくって最終的には20人くらい集まった。外国人観光客の「アレハニポンノナントイウブンカデスカ?」的な困惑の視線が秋風にここちよかった。

さておき、この日もご馳走になってしまった。その対価として「おれ村上春樹がぜんぜんわからんくて『世界の終わりと~』5ページで挫折したくらいなんやけどな。ふたつ質問する。ひとつは、おれは春樹を読むべきか?もうひとつは、もしそうならおすすめを教えてほしいねん(大意)」という任務をおおせつかる。ぼくは「読むべきっす!~さんと春樹は同族嫌悪のきらいがあります!」「とりあえずは『パン屋再襲撃』、それがいけたら深夜に『アフターダーク』いきましょう!」と、いさましく答えた。いさましすぎてげっぷが出た。その合間、ライブハウスの店員がなぜかドイツのチョコをくれた。賞味期限はしっかり切れていた。

 

先輩と別れ、17時、行きつけの店・その1へ向かう。さみしかったので手当たり次第に(脚色が入っています)ミュージシャンの若者に声をかけたのだが、平日の17時だ。みんな元気に生きたり死んだりしていた。それでも、出勤前の女の子が一杯だけつきあってくれて、ふふふ、なんだかおっさんちょっとうれしかったぞ。つづいて、仕事終わりの女の子が駆けつけてくれた。うれしくって抱き合…いはしないけれど秘蔵の故・芹沢先生のエッセイを進呈する。おまけに運よく知り合いのべっぴんさんがバイトで入る日だった。…あれ?キクチモテモテじゃん。…モテモテとかいうと自分でも気持ちが悪い。まあよいのだ。メートルが上がって「あの棚の焼酎のなかでいちばんかわいそうなやつください」などといっていたことだけおぼえている。20時前くらいまでのんで(この時点ですでに約20時間のみっぱなし!)河岸を変える。当然、ほとんどなにもおぼえていない。

 

行きつけの店・その2へ。ここでは途中で寝た。客入りと客層を見計らって「奥で寝かせておくれ」と頼める店があるのはぼくにとってはいいことだが、店のことをおもうと遺憾である。つくづく自分には「お客様根性」が希薄だ。しかもそのぶん(借り)を取り返そうと起きたあとで必死になって飲むからこれは店にとってはいいことだがぼくにとっては、以下略。

目がさめると、一度くらいカウンターで隣り合わせた気がするHIPHOP好きな若者がいた。ラップのフリースタイルバトルをした。自分の出来は30点。ぼくのフリースタイルはアマ初段クラスなので、級位者相当くらいのものだった。くやしくて160小節ぶんくらいやった。はた迷惑な客であることよ(知り合いしかいない状態でやってはいます)。

 

最終的にまたもアフター(と書いてはいるが、別にキャバクラではないのでメンツはいつも野郎か、あるいはその野郎のタレである。健全!)。焼肉。最後はなぜかうちにまで酒宴がもつれこんでいた、様相があった。記憶などもはやはるか彼方。おそらくねむったのは昼だったろう。そのまま、使いものにならない状態で10月5日をむかえた。そして使いものにならない心身を、男子の鉄腸を、この腹中の磊塊を燃やすのは酒なのだ。とことんかなしい色やね。

そんなこんなできのうも朝からのみ、きょうも朝からのんでいる。

もはや「20時間くらいならのみつづけられる」とおもっている自分がおそろしくて病院に行けません。

抜糸(抜針?)はいつになることやら。