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キクチミョンサ的

「なれのはて」ということばがよく似合う、ちいさなぼくのプライドだよ

「顔」といえば筒井康隆だとてっきりおもいこんでいたが、松本清張だった。こういうときの気恥ずかしさ、腹中の磊塊を燃やすにはいたらない。もっといえば筒井は筒井でも康隆と道隆を時おり混同してしまう。世代も業種もちがうというのに、ぼくの頭にはWindows 98でもインストールされているのだろうか。

筒井道隆といえば「王様のレストラン」における禄郎だ。いや、別に「バタアシ金魚」でもいいし、将棋ファン的には「聖の青春」推しで語るべきかもしれないが。

なお、「ろ”くろう”」ということで兄の頼朝+範頼的な「範朝」(演:西村雅彦)と対比して「義経じゃーん」みたいな読み解きもあるものの、ぼくは自然に(六男ということもあり)「範頼ポジととらえていいんじゃね?」とおもっていたりする。なにもできないとおもわれていた男の逆転劇(たしか2話あたりのヒヨコとか従業員の給料のアレ)、かっこよろしいではないか。

 

もっとも、彼らは清和源氏の流れであり、わたしは新田源氏である。と言われている。おととい父親からわりと個人的に衝撃を受けた発言があり、それは「17代前(当家が現在の苗字を名乗って)より昔の話はなんでもいいとおもう」みたいなものだった。要するにそれより以前は史実というより伝説の延長線上としてとらえている、あるいは、伝説の延長線上というとらえられかたでもかまわない、ということだ。ここに多少の拡大解釈はあるかもしれないが、キクチとしてはそこそこなアッパーカットを喰らったかんじである。

だって、この血の根っこは里見と信じていたのだ。もっといえば大新田。房総の本家には及ばぬまでも、館林かそこらへんの内陸部で細々と露命をつないでいた弱いほうの里見。しかし里見であるよ。馬琴のおかげで全国区になったとはいえ、あるいは北条の引き立て役として多少は名が残るにせよ、あくまで戦国マイナー大名の一員である里見家。それでもぼくにとっては誇りだった。丸に両引き紋なんて何度なぞってみたことか。

とはいえ、そこらへんはもうようわからんので、興味のあるひと、検証おねがいします。

 

話は唐突にエンドロールの前にもどる。

 

なんだかんだと述べてはきたものの、ぼくの「顔」はあくまで母方が8割くらい影響していそうだ。

偶然かどうかわからないが、父親ともわりあい造作が似ている。いわく、ヒラメ系。RGJ(竜宮城)男子などというものが今後流行るのであれば、舞い踊ること待ったなしである。

とはいえわれわれは右にも左にもよらずひたすら中庸・中道を肯んじてきた。父とぼくの唯一のちがいは、ぼくが務めてノンポリであろうとしていることくらいだ(この表現もそうとう賞味期限をすぎているなあ。いろいろな意味で)。だがしかし、32歳の自由業などはよっぽど思想的信条(それは趣味ともいう)がなければノンポリに帰結するほかないのだ、ともおもう。あと右に左折するひとも、左に右折するひとも、左右に直進するひともきらい。嗚呼、わがまま。

 

ぼくの顔は亡くなった母方の伯父に似ている。

最近ではヒゲの具合もハゲの具合もなんだか似てしまっている。また、斜視めいた顔に見えるのも、酒に溺れるのも、才能に恵まれつつ(あえて自分で言いますよ)本質的な面では一家の不良債権的な長男であったのも(規模ははるかにちがえど)同様だ。

しかしぼくは伯父をたいへん誇りにおもっている。

ガンと10回以上戦ったひとだ。声帯を摘出するまで江戸っ子らしい切れ上がった(本来そういう形容は女性に対して使うものだし「小股の~」は容姿についての表現だけど、あえて)発語と発音で、ブラックジョークや自虐的な笑いをふんだんに残して逝かれた。

そんな伯父がキクチが生まれて間もないころ、甥としては(伯母の長男がいたので)2人目だったのだけど、父親にむかって「おい、こいつ可愛いなぁ、ほんとに可愛いなぁ」と温顔だったと。このエピソードはいまだにわれわれのなかで語り継がれるくらいインパクトがあったらしい。たしかに、あの迫力のあるヒゲ面と切れ味鋭い東京弁(標準語ではない)でそんなことを言われただけで、ぼくはじゅうぶん生まれてきた意味があったとおもう。

 

32歳になり、ぼくの顔はますます伯父に似てきた。

先日、祖父の葬儀に参列した際、伯父の娘である従姉妹が「父かとおもった」とおっしゃったらしい。伝聞だが、どんな褒賞よりうれしかった。

正直なところ、トモさん(伯父)の顔はまったく可愛くもなんともないのだが(愛らしい、とはおもう)、しかしトモさんが飲み残した今生の酒くらいなら、あと10年ほどでどうにかできるような気がしている。

 

 

人間は自分の顔に責任を持たねばならぬ、といった箴言をものしたのはエイブラハムさんだったか。しかしそれには「40歳を過ぎたら」というやさしい注釈がついていた気がする。ん?ほんとかしら。いや、おそらくそのようなかんじだったはずだ。

 

あと8年もないのかあ、とキクチはなんとはなしに遠くの茫漠を眺めているのであった。