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キクチミョンサ的

「なれのはて」ということばがよく似合う、ちいさなぼくのプライドだよ

李家に冠は豊か

なんとはなしに気分がふさいでいるようにおもうのだが、口にしてしまうと余計に魔法はかかってしまう。破嘴。商容だったか比干だったか、このところ自分の記憶力のいちじるしい減退にも呆れる次第。ちなみに余話として、「封神演義」ではぼくは太鸞がすきである。イケメンなので。

 

余、といえば。竜堂家の末っ子だ(ちがう)(いや、ある意味では正しい)。

ここ数年、田中芳樹コミカライズの波が押し寄せている。先行したのは荒川弘アルスラーン戦記」だが、その後も藤崎竜銀河英雄伝説」(そういえば藤崎先生の過去作である「封神演義」はおそらく途中までは安能版をおおまかな下敷きにしておられるのでは、と推察)、そして「タイタニア」、「創竜伝」、さらにはヤングアニマルで「天竺熱風録」も連載開始。もちろんレジェンド菅原かつみ先生の銀英伝は忘れていませんよ。あれはよくもわるくも、ただただ別格。

 

田中芳樹先生といえばぼくのなかでは、ことスペースオペラものに関しては「(中国古典における)北方流」で、いや、この表現はてれこですね、むしろ時代的には北方先生が「田中流」というべき”おんなじブラックボックス用意してますんでーぶちこみますねー”(類型的なキャラクターや、ほぼ同一のエピソード展開)みたいな印象なのだが、後続作品からそのハンデ分を差し引いてもやはり「銀河英雄伝説」はすばらしい。

あんな小説が約35年前に上梓されたことも奇跡だけれど、それが江湖の喝采を得たこと、これまたうれしい話である。

 

ぼくは中学生時代にちょうど完結したばかりの徳間文庫で本編を読了したが、そのときの衝撃ったらなかった。同時期にドキュメンタリー的な戦争文学(太平洋戦争やベトナム戦争)もいくつか読んだりしていたが、なぜか架空戦記たる銀英伝のほうが「こうやって戦争が起こるのか」「ひとが裏切るとはこういうことか」などをリアリティとして感じられた(ようにおもう)。そののちハイロウズが「リアルよりリアリティ」と歌ったため、なんとはなしにぼくのその観念は定着した。これも余話か。余話ついでにいえば、ぼくがすきな登場人物は同盟でマリノ、グエン・バン・ヒュー、ウランフ。帝国ではアイゼナッハ、ファーレンハイト、ベルゲングリューンである。

うん、ちょっとよくわからない。

 

タイタニア」と「創竜伝」はすこし期待はずれだった。前者は絵が粗く、後者はいかなる理由かダイジェスト版のような(打ち切り?)短編化していたので。

ただ、「アルスラーン戦記」、「銀河英雄伝説」はそれぞれ漫画家として功成り名を遂げた先生方による作品ゆえ、ある程度は長く続くだろうし、内容もまったく文句ない文句ないというかんじなので(もっとも前者は原作が30年経っても完結していない恐怖をともなう)、また、ぼくは荒川弘先生こと「ちきんぢょーぢ」さんをアマ時代から「光栄ゲームパラダイス」等の投稿欄で愛読していたため、おもいいれもひとしお。どっかで董卓っぽい造形のキャラ出てこないかなあ、などと妄想している。

 

んー。そして、ぼくは結局なにを書きたかったのだろう。

話が話の接ぎ穂にはなるものの、そんなものか。まあいいでしょう。これは日記でしかない。と言い訳。かっこよろしくないにゃあ。

 

すこしだけすっきりした部分と、逆にどんよりした夜をかかえて、酒をのむのだ。