キクチミョンサ的

「なれのはて」ということばがよく似合う、ちいさなぼくのプライドだよ

バウムクーヘン

ねむりが浅いのでいろんな夢をみる。

「鳥は飛べる形/空を飛べる形/僕らは空を飛べない形/ダラダラ歩く形」と歌うハイロウズのうしろでケーブルを八の字巻きしていたり、みながゾンビ化した街を逃げ惑いながらついに観念し、どうせならゾンビである元恋人に殺されようと彼女の前に身を投げ出したら無表情にスルーされたり、知らない田舎の旧家で遺産相続の話をしていたり……まったくもってとりとめがない。ああ、そういえば今朝は歯が10本くらい抜けた。夢占いを信じられる体質なら、ちょっとよろこぶところだ。

 

ドーナツの穴は欠落か喪失か、みたいなことを高校時代よく考えていた。ハイデガーの悪しき影響、というより、ただ単純にいきがっていただけである。無い、というのと、無がある、はちがうよねーみたいな脳内ひとり二万字インタビュー、イン、放課後のマクドハッピーセットのハッピーとはなんぞ、で盛り上がれる友人をもたなかったことは逆にしあわせだった。というかお前、せめてミスド行けよ。

 

甘いものはすきじゃなかった。コンドームに穴が開く確率ってどれくらいなんだろうって本気で心配していた。女の子からの返信が3分以内じゃないと苛立つくせ、それに10分は時間を置いてから返すのがクールだとおもっていた。ハタチそこそこでアメリカツアーをすると信じ込んでいた。昼休みに日本酒の四合瓶をのんで五、六限はずっと寝ていた。マルボロライトの味がすきだった。

 

高校一年生の終業式のあと、ひそかに恋焦がれていたHさんを呼び出して告白をした。あっさりふられた。クラスの中心にも周縁にもいない、過度に目立たないかわり「その他大勢」でもない、だれからも「心根のすずやかなひと」とおもわれるようなひとだった。どうも、ぼくは、こういうところに弱い。

 

日常的に酒をのむようになった。マイヤーズ。オルメカ。強ければなんでもよかった。木屋町ですごす夜がふえる。ちょうど家を出たこともあって、めちゃくちゃだ。家賃15000円の、うそみたいなボロいアパートで、バイト、酒、バイト、酒、以下略。部屋にあったのは窓だけだった。あのときがいちばん狂っていたとおもう。額面どおりの意味ではなくて、狂おうとしなくてもそこそこ自然に狂っていた、ということだ。

 

気がついたら大学に進んだ先輩とつきあっていた。とある商店街の美人姉妹の姉のほう。

ああ、なんかよくわからんけど、このまま落ち着けるんだろうな、と、おもった。お母さんにのみに連れていってもらったり、おうちでおばあちゃんのごはんを食べたりした。着々としあわせらしきものが、予測できる未来が近づいてきているように感じられ、そこでぼくはトチ狂う。若いからどうこう、とか、そういう問題以上に、安住の地が目に見えてきたことにものすごい拒絶反応を起こしてしまったのだった。

 

年輪を重ねたところで、その悪癖はいまだ治っていない。

仕事でもそうだ。ある程度評価されて役職をもらったりすると突然ぜんぶ捨ててしまいたくなる。偽悪的か、露悪的か、ねじまがった自己愛が自分の首を締め上げる。「おまえはもう充分しあわせを甘受しただろう?」って。

あからさまに他人を傷つけ、自分の築いてきた信頼をも失い、しかしそれをよしとする、完全にやり方がおかしい。笑えない程度にはおかしい。

けれど、そうじゃなきゃいけなかったんだ、と、そのときには思考(というよりは感情か)が頑迷であるのも事実だ。

 

ドーナツの穴は欠落か喪失か。

 

はじめからそこに無があったのか。

それとも、無いのか。