夢を与える
さびしさは鳴る、だったか。
キクチバカオロカのトリ頭では一言一句正確におもいだせるわけではないが、綿谷りさ「インストール」の冒頭だったように記憶している。
本題といっさい関係ないけれど、わたしはもし私立の高校に進学していなければ、区域的な関係でムラコー(と地元では呼ぶ高校)の1年後輩になるところだったのだ。たまたま実家が近いからって、そんな妄想をふくらませることができるなんてすごいぞキクチ!ドリーミー!悲しいほどにドリーミー!
まあ、なにが言いたいかというと、さびしさが鳴っている。りんりん。勇気かよ。スキップはしません。
で、そもそも、本題って、なんだ。
きょうは暑かったです。すんごい暑かったです。と小学生の作文のようなことを書いた。でも実際、ものすごく暑かったとです。暑さにまかせふたりは街へ出た。そこから先はヘイヘイヘーイ。おもわず「サマー・ソルジャー」を口ずさんでしまったのだが、べつに夏の太陽はふたりを狂わせてくれたりしなかったので粛々と打ち合わせがすすみ、そして終わり、おもった以上にはやくわたしはリリースされた。そもそもキャッチされておらん。
「イフ・ユー・キャン?」とちいさくつぶやいて灼熱の三条を後にし、エアコンの下にもぐりこむ。
ああああ、ビールのみてえ、とおもった。
スーパーで「鴨ロースブラックペッパー味」なるものを買ってきた。これは先日試してみてたいそううまかったのでリピートしたのだが、要するに、玉ねぎとニンジンのマリネのうえに鴨ロースの薄切り、というか切り落とし的なものがのっかっている。298円。
ついでに「大分とり天」の少量(ひとくちサイズが4つ)もカゴに入れた。トリ頭のくせに骨肉相食むのだ。決め手は、ついていたゆずポン酢がおいしそうだったから、というまったくもってくだらない理由である。
あと、トイレットペーパーやゴミ袋など買って、帰路、ふと気づいた。
ああああ、ビールのみてえ、とおもったくせにビールがない。
しかしもはや川端一条というルビコン河を越えてしまったわたしに、戻るという選択肢はなかった。ええやんか。焼酎あるんやし。
だらだら川端通を北上していたら、前方にへんなひとがいた。
われわれはおなじ方向を目指しているので後ろ姿しか見えないが、ぱっと見たところ、150センチ70キロくらいの女性だ。黒いワンピースがぱっつんぱっつんである。
その歩調はきわめて遅い。さりとて川端は人通りに加えけっこう自転車が多く、しかも学生の乱暴な超速スマホ見ながら運転、あるいはイヤフォンでワンオクかEXILEでも聴いてんのかてめえ運転がめずらしくないので、それを避けているうち、なかなか彼女を追い抜くタイミングを見計らえない。電話をしながらふらふら左右に、つまりこの場合東西に揺れている。いつのアーケードゲームだ。またそのしゃべりかたが人力ディレイをかけたようなボーカルというか、非常に独特で、「気づいたらおれはなんとなく夏だった」とつぶやきたくなった。
ああああ、ビールのみてえ。ボウルいっぱいのポテサラでもええ。
蹴りたい背中、ってのは、こういうことですか、綿谷さん(絶対ちがう)。
へばりながら、どうにかして帰宅した。
うちのマンションの前にはそれはそれは大きな木(なんの木かわからないため、木には申し訳ないが「木」と表記する)があって、その生い茂った葉っぱなどたいへん風流かつ出入りに迷惑だったのだけれど、5月にばっさり切られてしまった。なんだか、そうなってみてはじめて惜しいとおもうようなことはたくさんあるな、と今さら胸が痛んだ。
そんなこんなで、ビールうぐうぐ作戦は頓挫したものの、焼酎をうぐうぐしている。よけいたちが悪いじゃないか。
アルコールが喉を、食道を、胃を通っていくたび、さびしさが鳴る。
その音は聞こえないが、ひびく。揺れる。
夢を与えられてきた人間が、だれかに夢を与えないまま滅びてゆくのは、なんとなく、ダサいな、と、すこしおもった。